コーヒーを自分で淹れるようになって、変わったこと

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コーヒーを自分で淹れるようになって、変わったこと

こんにちは、人生レベル13のシカゴクマです。

ドリップコーヒーを学び、コーヒーの沼に足を踏み入れた私。

その後、コーヒーが生活にどう入ってきたのかをお話しようと思います。

コーヒーを飲むと集中できるとか、コーヒーは身体にいいとか、コーヒーを飲むとメリットがあるよって話は世間に溢れています。

コーヒーってどうなの?と思っているあなたに、コーヒーを始めるとこんな生活になるよってことをお伝えします。

あ、科学的な効果とか根拠は期待しないでください。

私が伝えるのは、気持ち的なものが9割です。

始まりは味から

最初は「美味しい」から飲んでいました。

コーヒーを飲むと頭が冴える感じもして、やめられなくなっていました。

焙煎された豆をたくさん買っておいたし、コーヒーミルやドリッパーも準備してあったので、もはや飲み放題。

自分でコーヒーを淹れるのが楽しくて、毎日5〜6杯飲んでいました。

味の違いはそれほどわかりませんでしたが、缶コーヒーやインスタントよりは格段に美味しい。

ちなみに、豆ごとの味の違いは未だに分かっていません。

今は味がわかるようなりたくて特訓しています。

コーヒーが生活の一部になるまで

でも、次第にコーヒーがある生活が当たり前になった。

毎日飲むうちにコーヒーは生活の一部になった。

カフェインの中毒性のせいなのかもしれない。

朝の時間に欠かせないものであり、気持ちを切り替えたい時のきっかけ作りであり、一人で考える時間の相棒である。

コーヒーがあることで、家で過ごす時間の質が上がった気がする。

コーヒーを知らなかった頃は、逆に何を飲んでたんだっけ?と思うくらい。

コーヒーを淹れる行為そのものに意味が出てきた

コーヒーが生活の一部になる頃には、コーヒーの味を欲すると言うより、コーヒー豆を挽く時間、ペーパーを折ってドリッパーにセットする時間、ゆっくりとお湯を落としてコーヒーを淹れる時間。だんだんと部屋にコーヒーの香りが漂い、出来上がったコーヒーを味わいながらゆっくり飲む。

この一連の行動が儀式のようになくてはならないものになった。

面倒だけど、それがいい。

この面倒な行動で気持ちが落ち着き、生活にリズムが生まれるようになってきたのです。

コーヒーを人生の一部としたい

いつしか私にとってのコーヒーは、「飲む」以上のものになっていました。

飲み物ではなく、コーヒー自体が趣味と呼べるほど。

牛乳やコーラはいくら好きでも趣味とは言わないはず。でも、コーヒーは趣味にカウントされる。

そこには儀式的な側面だったり、歴史や教養的な側面だったり、美味しく淹れるための技術が求められたりするからなのだろうか?

でも、淹れる人も、ただ飲むだけの人も趣味と言っていいと思うんです。

難しく考えず、まずはコーヒーを楽しんでみましょう。

そしたら勝手に深みにハマります。

私は、深みにはまりすぎて、もっとコーヒーを学びたいし、いずれは仕事にしたい気持ちが芽生えています。

会社員をしているので、なかなかすぐには動けませんが、少しずつ準備を重ねていきたいなと。

その過程もみなさんに見せながらいきたいなと思っています。

そうなれば、生活どころか人生の一部と呼べるでしょう。

まとめ

コーヒー初心者からコーヒーオタクになるまでの経緯を紹介しました。

コーヒーへの興味が湧いてきましたか?後悔はしませんので、勇気を出して一歩踏み出していいんですよ。

不安を消してコーヒーを楽しめるような記事を用意してお待ちしています。

コーヒーオタクとなって人生レベルがアップした、シカゴクマでした。

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