学習と内省と発信は、私の中でつながっている

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学習と内省と発信は、私の中でつながっている

こんにちは、人生レベル16のシカゴクマです。

私は『学ぶ』ことが好きで、『考え事』をすることも好きで、文章で『発信』することが好きでもあり憧れてもいます。

今まで学習欲や内省について記事にするなかで、私のなかで『学ぶ』『考える』『発信』の3つがどうやってつながっているのかが分かりかけてきました。

いや、どうつながるのが理想的なのかかもしれません。

ここでは得意の内省の結果を話したいと思います。

私は『学ぶ』ことが好きだ

私は学習欲(ストレングスファインダーの資質)が強く、新しいことを知りたいという気持ちが強い。

本から知識を得ることもあるし、ブログやnoteを読むこともあるし、YouTubeを見ることもあります。

本当に有益な情報だらけで、毎日勉強になります。

この時代に生きてて良かった。

有益な情報に無益な情報も混ざっていますが、そこの取捨選択さえできれば、毎日新しいことを学べます。

新しいことだけでなく、すでに知っていることでも別の角度からの情報になると、新しい学びになったりもします。

そんな外からの刺激を入れることが学ぶことであり、私にとっては娯楽になっています。

でも、学ぶだけでは終わらない

学ぶだけでは、ただの頭でっかちになってしまって、いつか忘れるだけの使えない知識になってしまう。

そこで『考える』ことが必要になります。

学習欲に次いで強い内省(ストレングスファインダーの資質)の出番です。

学習したことを頭の中でずっと考え、整理します。

自分のなかでかみ砕いて、すでに知っていることと組み合わせて、自分なりの意味付けをしたりします。

この過程で、ただの知識が自分にだけ意味のある使える知識・情報に変わります。

すると、また別の知識が入ってきたときに、自分の知識として組み合わせることができるようになってきます。

組み合わせることで、外から入れた知識と知識から、オリジナルの知識が生み出されるわけです。

新しいアイデアや発明はすでにあるもの同士の組み合わせで誕生すると言われています。

iPhone(スマホ)もiPodと携帯電話の組み合わせだと言われていますもんね。

その延長に「書くこと」がある

発明というほどではないですが、自分のなかで生まれた新しい知識を忘れないように記録しておくこと。

それが書くことであり、発信することになります。

書くことで考えが整理される効果まである。

内省って、頭の中だけモヤモヤ〜っと考えてしまうことが多いので、書いて形にするっていう目的があると形にしやすくなります。

書くこと自体が内省になっているんです。

だから発信は自己表現であり、自己理解でもある

誰かに見せること、見られることを考えすぎると書く内容が飾られてしまう。

誰かに見せるためだけじゃなく、自分の考えを自分で知るために書くイメージでいる方がいいのかもしれない。

学習→内省→発信が循環するようなシステムになると、いいサイクルが回りだす気がします。

発信者の視点は常に持ちつつ、自分の考えをそのまま残すってイメージで発信する。

それが今のところ一番ちょうどいい距離感な気がしています。

今の自分は、この循環を育てている

学習と内省は自然とできているので、あとは発信が課題でした。

なので、ブログ毎日投稿というルールを課しています。

毎日投稿によって発信が当たり前になった時、私の中での循環が完成します。

書いている時、私は誰かに話しているようで、同時に自分と対話している。

発信はアウトプットというより、私にとっては思考の最終工程なのかもしれない。

書くことで初めて、自分が何を考えていたのか分かることがある。

学びは材料の仕入れ、内省は下ごしらえ、発信が調理

そうやって素材であるアイデアを消化できる状態にするトレーニングを積んでいきます。

同じようなモヤモヤ抱えている人がいたら、解決のきっかけになれたらいいなと思います。

「シカゴクマは、学習→内省→発信の循環を確立してレベルが上がった。」

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